どことなく戦略的ではない本の感想一覧

 

02/11/30
『アメリカ彦蔵』 吉村 昭 新潮文庫

 ジョン万次郎を知らない人はいないだろう。彼がアメリカから日本に帰るのと同じ頃、アメリカへと渡ることになった者がいる。そして彼は、アメリカ大統領と初めて謁見した日本人であり、しかも3人のアメリカ大統領と謁見していると聞いたらどう思うだろうか。しかも彼は、ただの船乗りだ。彼の運命を変えたのは、そう、漂流 である。これは、漂流によって数奇な運命を強いられた男の物語である。

 さてさて、今回も吉村昭らしい硬派な文章はあいかわらず迫力がある。通勤時間に読むワタシには「あぁしゃーわせ」という本であった。
 今回は、江戸時代末期の鎖国制度がもたらした漂流民への対応が物語のカギになっている。黒船の前と後ではエライ対応が違うのだ。鎖国時代は海外情報持っているヤツは犯罪者だからね、そりゃーつらいよ。エライエライ苦労を重ねて外国船に乗せてもらって、やっとの思いで日本の港に帰ってきたら幕府から大砲打たれて追い返された漂流民もいるんだから。
 とにかく、小説の中に漂う彦蔵の生き様や浦島太郎的な感傷がなんともボクの胸を打つのだなぁ。

 ええ、オススメな一品です。 
 


02/11/14
『神の子どもたちはみな踊る』 村上 春樹 新潮文庫

 ひっさびさにハルキ本を読んだ。
 この本は6つの短編からなる小説で、ヒサビサに読むにはライトな感じでよろしかった。
 ハルキの本は、ヘンなトコはまると思考がヘンになるので、結構気を使うんだよなぁ。
 ヘンな影響力のある作家だとほんとうに思うので、短編集くらいがちょうどよかった。

 なかでも「蜂蜜パイ」なんて短編はよかったかなぁ。じーんとほんのりあったかい読後感でよろしゅうございました。


02/4/4
『せつない話 第2集』 山田 詠美編 光文社文庫

 いろんな方の短編をエイミ的「せつない」視点で集めた本。

 ん、山田 詠美っぽい選集だ、としか言い様がなかったりするのであった。
 分からん人にはわからんな、これぢゃ。 


01/7/26
『龍は眠る』 宮部 みゆき 新潮文庫

 『蒲生亭事件』と似た雰囲気をもつ小説。なんで宮部みゆきは超能力系が好きなんだろ?
 ページ数は結構あるが、思いのほかテンポがよく、読みやすくはある。
 ただ、んー、なんかモノ足りない。
 ちなみに、七恵という登場人物は、僕の中で結構キュートに映っている。

 でも、やっぱり宮部みゆきは『火車』がベスト、だと思う。


01/7/18
『スプートニクの恋人』 村上 春樹 講談社文庫

村上春樹の小説は、僕の心を不安定にさせる。不安定というよりも、心が身体の外、胸の前50cmくらいのところにふわふわ浮かんでいるような状態にさせる。
 良くは分からないが、きっと多くの人がハルキ本を読んで、何らかの体験をしているのだろう。どういう状態かは分からないけど、なんとも説明しにくい体験を。それは胸の前50cmなのか頭の上20cmなのかわからないけど。

 もうハルキを読むのはやめよう、と思ったこともある。この不安定な体験は、いろいろと日常生活に不都合なんだ。どういろいろかは、うまく説明できないけれど。でも、やっぱり読みたいんだ。

 

 ハルキの大抵の小説は、自分を重ね合わせるには不都合が多すぎる。あまりに環境が違いすぎる。でも、何か、共通する何かを僕の心から拾いだして、僕は僕を見ずにいられなくさせる。


01/7/15
『凍える牙』 乃南 アサ 新潮文庫

  直木賞受賞の超ベストセラーだそうだ。確かに面白かった。満足ぢゃ。
 主人公は元白バイ乗りで、ある事件のために召集された女性刑事。彼女は中年刑事と行動を共にし、犯人を追いかけてゆく。追いかけられる犯人はある人物と、「オオカミ犬」。女性刑事と中年刑事は、足で事件を追いかけ、女性刑事は最後はバイクでオオカミ犬を追跡することになる。

 このオオカミ犬が、なんともかっちょよいのである。疾風(はやて)と呼ばれるオオカミ犬は、途中一度登場する以外、最後までその姿をあらわさない。ナゾなのである。やはり、こういう小説はナゾめいたモノがないとおもろくない。
 ナゾなわけなので、女性刑事はオオカミ犬の一般的情報をペットショップなどから収集していく。そして、気高く明晰な頭脳を持つオオカミ犬像が女性刑事の心の中に形付けられていくのだが、そのイメージは同時に読者である私の中にも形成されていく。
 大きな身体、やや灰色、全てを見通すかのような目、冷静、忠実、意思を持つ犬・・・。この意思を持つというのが、なんとも素敵なのである。

 さて、こいうストーリーの本を男性が書いていたらどうなるか。おそらく、よりバイクとオオカミ犬の疾走(追跡)シーンがより具体的になるんだろう。この追跡シーンは小説の最後の方に出てくる。これをストーリー的に活かすならば、前半に女性刑事がいかにバイクを操るのが上手いのかをもっと強調しちゃう気がする。簡単に言えば、娯楽映画っぽい出来に、多分なっちゃっていると思うのである。
 しかし、この本は違う。女性刑事と中年刑事を中心とした、心理描写が丁寧で、ストーリー的におもしろいというより、心の動き方が読み手に伝わるのが見事だと思う。


01/7/2
『十四の嘘と真実』 ジェフリー・アーチャー 新潮文庫

  待ってたよ、ジェフ。
 本屋でそう声を掛けたくなるくらい、ボクはジェフリー・アーチャーが好きだ。でも、残念ながら短編集なんだよなぁ。おいらは長編が好きなのに。
 えーと、感想を書きたいのだが、読んだのは結構前なので、いまいち内容を忘れている。
 簡単に内容を忘れるということは、あまりオモロイとは思わなかったということだ。
 次回作は長編になるはずなので、それを期待することにしよう。
  ・・・なんじゃそれっ!とベタな突っ込みが入りそうな感想であった


00/11/13
『神々の沈黙 心臓移植を追って』 吉村 昭 文春文庫

  吉村 昭という作家は絶対にスゴイのである。スゴイというよりコワイのである。徹底した取材、事実を冷徹に伝えるためだけに綴られた文章に、冗長はない。事実を冷徹に伝える言葉はいつのまにか心の奥に入り込み、冷徹に私を突き刺すのである。
  この『神々の沈黙』は副題にあるとおり心臓移植について書かれたノンフィクションである。解説にはドキュメンタリー・ノベルとある。ちなみに書かれたのは昭和44年。ボクが生まれる前に書かれていた作品だ。吉村氏は初期作品はドキュメンタリー色が強く、その後だんだんとフィクション性が高くなり、徹底した取材に基づきつつも想像力豊かにその世界を描くようになってきた、というのを読んだことがある。
 ある種、今回のような小説が吉村氏の原点なのかもしれませぬ。


00/11/8
『ボビーZの気怠く優雅な人生』 ドン・ウィンズロウ 角川文庫

  さてさて、またまたウィンズロウ物。うーん、おもろいのは間違いないのだが、先のニール・シリーズに比べると、ちょっと面白さが失われてきた。多分、主人公の描写が、中途半端なんだろうなーと勝手に感じています。M16抱えてバリバリ戦うシーンなんぞがあるんだけど、あんまり勝って欲しくなかったなぁ、なんて思ったりして。ニールシリーズでは、どこか弱弱しいのがイイんだよ。『ボビーZ…』でも主人公はどこか弱弱しい設定のはずなんだけど、なんとなく主人公の設定とやってることにギャップを感じるんだよなぁ。 あ、そうか、ニールの時みたいに幼少の頃からのストーリーがないからそう感じるのか。一人納得。
  今回も冒険物ではありますが、過去のニールシリーズではありませぬ。これ一冊っきり。厚さもたいしたことないし、どんなものかと試してみるにはちょうどよい一冊かもしれません。


00/11/6
『百器徒然袋 雨』 京極夏彦 講談社ノベルズ

 京極堂シリーズに登場する榎木津探偵に焦点を当てた小説である。
 もねー、このシリーズがスキな人にはたまらんだろうね。ボクは特別スキというわけではないのだけど、電車の中で、どうしてもニヤニヤしてしまう。おもろいのだよ、この探偵は。どうしたっておもろいのだよ。
 こいうものを書けてしまえる京極夏彦って、ヤハリすごいと思うなぁ。


00/11/2
『蒲生邸事件』 宮部みゆき 文春文庫

昭和11年の2・26事件と現代とを行き来する時間旅行者と予備校生の事件である。不思議な設定だ。えらいもんです。
こいつはぁ、オススメです。おもろい小説でした。もー、先が気になって気になって、しょーがなかったよ。SFの括りではあるのだけど、サイエンス・フィクション的な込み入ったトコロはどーでもよく、登場する人間のココロの描写がすばらしいのである。さすが、宮部みゆき、である。
この小説には、いろんなものが詰まっていた。
『これからやってくる戦争の時代を、この時代に根をおろして、この時代の人間として体験するんだ。どれほど辛かろうと厳しかろうと、ひとつのごまかしも、予想も、先回りのなしに、すべてを体験するんだ。そうして闇雲に生き抜いたとき、あるいはそこで死ぬとき、抜け駆けのない同時代の人間として、今この時代を生きる大勢の人たちと同じ立場にたって、叔母や蒲生大将について、私はどんな考え方をするのだろう?どんな考えを持つだろう?彼らに高所から見下ろされる気分がどんなものか、そこで初めて実感として味わうことができる。怒るかもしれない。怒り狂うかもしれない。でもそれは、まがい物の神じゃない、人間としての怒りだ。先回りして知っていたくせに、なんで俺達を批判できるんだと、歴史の部品であるひとりの人間が、ひとりの人間として抱く怒りだ』(P618)
知らない人はなんのことやらさっぱりの引用だろうが、ボクにはズンッときた一文なのである。「生きる」とは、「感情そのもの」なのかもしれません・・・。


00/10/31
『百鬼夜行 陰』 京極夏彦 講談社ノベルズ

超売シリーズを書きつづける、京極夏彦作品。超売れなものの、診断士系の人はあまりよまないんだろーなー。
京極夏彦は、文章はどちらかというと陰湿でシツコイものなのだが、登場人物を実に上手く使っているなぁと思う。また、この人はページをまたがる文章を書かないことで有名な人だ。ページ最後は必ず「。」で終わっているのである。よくもまぁ、これほどの得たいの知れない文章を書きながら、そんな器用なことができるもんだ。
京極夏彦もシリーズものなので、出た順番に読むのがヨイ。本書はシリーズものの傍流に位置するものなので、これを最初に読んだんじゃぁ面白みは半減だ。


00/10/26
『高く孤独な道を行け』 ドン・ウィンズロウ 創元推理文庫

人物設定がよくできているでごわす。連載ものは、やはり順番に読んでいくと面白い。主人公の二ールが前2作と違ってきているのが良くわかる。こいう設定がうまくできてると、ついつい主人公に感情移入させれられるんだよなー。
ひとまずこのシリーズはおしまい。日本語訳されてないものが、残り2冊あるそうだ。今回は借り物だったけど、訳本でたら購入しちまいそうです。


00/10/23
『仏陀の鏡への道』 ドン・ウィンズロウ 創元推理文庫

つい先日、『ストリート・キッズ』の感想で、「伏線の多い、作りこまれた冒険物が好きな人にはちょっと物足りない」と書いたものの、今回はナカナカのドンデンがあり、1作目とは趣きの違うものとなってました。
読みやすさという点では、『スト〜』の勝ちだと思うけど、内容では2作目も負けてはいない。うーむ、でも1作目の軽さが好きだったなぁ。このシリーズも残りは1冊だ。しかしそれは、診断士系の本を読む日が近づいてきたということでもある。アーメン。


00/10/18
『ストリート・キッズ』 ドン・ウィンズロウ 創元推理文庫

やぁやぁ、持ち主のT氏、お待たせしました。やっと返せる日が近づいてきましたよ。
これはおもろいね。特に試験後の疲労困憊している今の僕にはちょうどいい背丈の本でした。雰囲気としては、ジェフリー・アーチャー物を軽めにした感じの本で、けっこうすきっと読みすすめることができる。伏線の多い、作りこまれた冒険物が好きな人にはちょっと物足りないかもしれないが、今の僕にはこのくらいがちょうどよい。
このシリーズがあと2冊続く。うへへ、うれしい。


00/10/14
『五番目のサリー(上・下)』 ダニエルキイス 早川書房ダニエルキイス文庫

遥か昔、超名作『アルジャーノンに花束を』読んで以来のダニエルキイスである。『アル〜』を始め、文庫化された時に購入していたのだが、試験勉強を優先し積読状態になっていた。久しぶりに文庫を手に取るというのは、ナカナカ楽しい気分である。
さて、『五番目のサリー』。『アル〜』と比較すると数段下がるが、それなりに楽しめるものでした。楽しめるものではあったけで、特別薦めるほどのものでもないというのが感想で、それはすなわち、あまり印象に残らない本でございました。
とことでこの文庫、文字が大きくて読みやすいなぁ。本のつくりが気に入ったよ。


97/11/08
『火車』 宮部みゆき 双葉社

*あらすじ*
休職中の刑事に、「失踪した婚約者、彰子を探してくれ」と相談が持ち込まれる。習性なのか、いきおい引き受けた刑事は婚約者を探すため、彼女の痕跡を追う。そのうちそこに事件の影を感じ取る。自己破産した婚約者に、かぶさるようにちらつく別の女性、喬子。二人の女性の複雑な人生をトレースする刑事は、ついに二本の線の重なりを見つけた・・・。

*感想*
すごい小説です。これは本気でおもしろかった。派手な場面があるでなく、突飛なひらめきで事件を解決しちゃうでもない。地道に、少しづつ事件にせまると同時に、犯人である喬子という女性の心の奥にせまる。休職中の刑事も、読んでいる私も、いつしかこの喬子という女性の心の内を自らの心に育て上げている。彼女自身の声は一切聞いていないのに、です。事件を追う=その人の生い立ちを追う事であり、登場人物の経験、体験を織り交ぜながら、彼らの行動を豊かに表現していく、見事な小説でした。

この小説がノンフィクションだとしても、私は素直に信じます。そのくらい嘘が感じられない。無理を感じさせない。構成としても、無駄がない。全てが必要で、欠く事のできない文章ばかりでした。全てがまとまっていて本当に美しい。

刑事の息子や家政夫の一言一言が、ふと気付くと小説中に響き渡っています。それはこの小説が事件より人生に焦点をあてているからなんでしょう。例えば刑事の息子が犬を亡くす場面。死体が無い替りに、せめて首輪だけでもと団地の角に埋葬する。そして残酷な事をしながらも、犯人も死人に対して同じようなしぐさを見せる。まだ経験も乏しい少年の振る舞い、生き方すらが、ストーリーにきっちり反映している。ほんとにしっくりと、小説の中に融けていく事ができました。こんなに流れに身を任せて本を読めたのは久しぶりでした。

続きを読んでみたいです。きっと喬子はひとしきり泣いた後、ぽつりぽつりと自分の人生を告白するのでしょう。やっと開放された、もう追われる心配もない。ほっとしつつそして、自分の行いを後悔する事になるのでしょう・・・。本当に悲しくもあり、なんとも染み入る小説でした。また、自己破産について背景など綿密に記載されており、ただの小説に比べ内容のある物になっています。浪費癖のある彼氏、彼女をお持ちの方は、無理にでも読ませましょう。むろんそうでなくても、今更ながら、これはお薦めです。


97/11/25
『ポーツマスの旗』吉村昭 新潮文庫

*あらすじ*
日露協商締結に際し活躍した小村寿太郎の物語。ロシアとの地域戦争に奇跡的な勝利を納めた日本。だが、日本にはそれ以上先へ軍隊を進める体力はなかった。内閣、天皇から「譲歩してでも条約を結び、戦争を終結させること」という命を受け、アメリカのポーツマスへ向かう小村。だが、民衆は先勝国として補償金・領土の割譲を勝ち取れるものとして、華々しく小村を見送った。
ロシアは少しの土地・金をも出さない、その為なら戦争続行をも辞さないとし、交渉は難航する。会議の背後では続々と諜報員から情報がはいる。そしてロシア全権大使ウィッテとの息詰まる折衝の結果、小村は最低限の条件で協商を締結す
る。日本に帰った小村を待っていた悲劇、そして最後の時までもを克明に綴った吉村氏にしか書けない記録的小説。

*かんそう*
もう、本当に吉村氏のファンになってしまいました。これで3冊目なのですが、読む度に吉村氏の恐ろしさを実感する。徹底した調査、冷徹な目。史実を忠実に再現し、その生(なま)の部分をむき出しに読者の前に突きつける。私のなかでは陽の司馬、陰の吉村って言いたくなるくらいの作家に育ってしまいました。徹底した取材のエピソードとして、「ポーツマスに蚊が出るかどうかなんて質問するから、アメリカ人が不思議な顔してました」と解説で紹介されていました。読んで見ると、これが素直にうなずけます。
さて、小説の中身の感想です。今回おもしろいのは、日本民衆の描かれかたでした。先勝国として領土・金を奪えるものとして日本国旗をふりながら送り出された小村。一方内閣ではそれは恐らく無理なものとして、戦争終了を第一に命じ送り出していた。最終的には天皇決定を守らざるを得なくなった小村は、最低の勝利で終わり、悲嘆にくれて帰国する。それを迎える民衆は、そんな小村を許さなかった。家族は崩壊し、彼自身も立ち直れないところまでいってしまう。日本の為に戦った小村の人生は一体なんだったのだろうか。民衆の身勝手さがそれをより印象づけてます。
僕らもついつい、簡単に政治家を非難しますが、彼らの背景に何があるのか少しばかりは考えるべきじゃないかとちょっと反省しちゃいました。相変わらず、淡々としています。簡単には人に薦められる本じゃありませんが、人間の怖さをお知りになりたい方は読んでもよろしいんじゃないでしょうか。